人であってよかったと思うこと ~ 「シアワセな思い出」を貯金しておけること 「売る為でない、本づくり」
人として生きていると、何かと過去の嫌な事、すなわちトラウマを思い出してしまうものです。
昨今ではこのトラウマやストレスによって適応障害と診断され、社会生活に支障をきたす人のケースが非常に増加しているとも聞きます。
このように過去の記憶は、何かと悪さをすることも多いのですが、一方で非常にいい点もあります。それは表題の通り、「シアワセな思い出」を貯金しておけることです。
フェイスブックを閲覧していると、次のような記事に出会いました。
『 ある田舎に一人暮らしをしていたお婆さんがいた。お婆さんには都会に住む男の子の孫がいた。
男の子が小さい頃、その祖母の家に遊びに行くことが大好きで毎年楽しみにしていた。
お婆さんもうれしくて、男の子が喜びそうな玩具をそろえて箱にしまい、夏休みの男の子が遊びにくる時季になると、おもちゃをひとつひとつ丁寧に拭いて用意していた。
ところが男の子は思春期になると祖母の家に行くのが面倒になり、すっかり足が遠のいてしまった。
そしてある日、男の子の家に祖母の訃報が届いた。彼は何年も顔を出していないことを悔やみながら、祖母の家を弔問の為に訪れた。
山の中で何もかもほこりまみれになっている家の中で、ある物だけが、きれいに磨かれていることに男の子は気付いた。
それはあの玩具箱であり、開けてみると玩具もきれいに拭かれてそのまま残っていた。
比較的近くに住んでいた叔母さんが、男の子に言った。
「あなたが来なくなってからも、お母さん(祖母)は、毎年夏休みの頃になると、玩具をひとつひとつきれいに拭いて箱にしまってたのよ。私がもう、そんな物で遊ぶ歳じゃないよ!と言っても、聞かなくて」と。
その言葉を聞いて男の子は、祖母の家に遊びに行かなかったことを大変後悔やみ、心の中で祖母に詫びた。 』
この歳になると、その祖母の気持ちがなんとなくわかります。その祖母は男の子が幼い頃、玩具で楽しそうに遊んでいた姿を「シアワセな思い出」として心の中にずっと貯金していたのでしょう。
毎年、夏の時季におもちゃを拭く時間は、その幸せな貯金を引き出す、シアワセな時だったのでしょう。
そういうものなら、私にだっていくつも貯金があります。お金は無いですが、そういう貯金なら裕福です。
こういうのは人間であってよかったと思います。しかもこの貯金、自分自身のことでなくて、どこかの誰かのものであっても貯金できるという点が素晴らしいのです。
時代も場所も問いません。もちろん人間以外の存在のものでも。いくらでも貯めておくことができるのです。
そして、それらの貯金は本に遺すことによって、永久講座としてどこかの誰かに「おすそ分け」をするのです。








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